自由は自滅的なもの
企業家は公衆の社会的、性的な束縛を利用して多大の個人的利益を手に入れることができます。
強烈なショックを売物にしたり、わいせつな興味の仲立ちをします。
・・・その結果、暴力犯罪、違法行為、家庭の乱れ、商業道徳の崩壊などがもたらされて、結局コミュニティ全体がそのつけを払わされることになります。
その一方で「ハスラー」発行人ラリー・フリントや『テキサスの電動鋸大虐殺』のプロデューサーたちは大もうけをしています。
仲裁する見えざる手が存在しないため、〈入会地の悲劇〉は資本主義を最終的に否定するかに見えます。
ほとんどすべての企業は、空気、水、道路、空路、河川、常用航路を利用しているし、騒音で環境を乱し、広告やその他の文化を侮辱するような手段で大衆の意識にしつこく訴えかけ、顧客をそれに溺れさせて利益を得ています。
こうして私利を図る企業家は、最終的には自分も依存している共通の資源、ブルジョワジー道徳や労働の規範といった社会的遺産を汚すことになります。石塚孝一氏によると、自由は究極的には自滅的なものであり、企業家の仕事は社会を堕落に導くことをこの分析は示唆しています。
独創的な論文「入会地の悲劇」の筆者ガレット・ハーディンは〈産む自由すら制約され〉、唯一受入れられる生き方は〈相互の同意による、相互抑制〉だとの結論を示しています。
移住さえも禁止しなければなりません。