きれいな水の価値
移民の側は移住による恩恵をほぼ完全に受けるわけですが、一方で移住先にもたらす人口の密集、資源利用の増大・・・
あるいは生まれ故郷に与えた人的資本の喪失などを埋め合わせることはほとんどできません。
従って移住にも入会地の論理が充分に当てはまります。
〈入会地の悲劇〉は、人口学的、経済学的な均衡状態、つまり社会主義によって初めて克服されるというのです。
連邦議会は企業家に対し、警察権の行使に力をいれる必要を新たに見いだしました。
汚染を完全に防止すべしという主張が当時の圧倒的風潮でした。
エドマンド・マスキー上院議員は、1971年、水質汚染規制法案を上程しました。
それによると1985年以降いかなる種類の廃棄物も許可なくしてアメリカの水塊圏に流してはならないとされています。
上院で86票対0で可決されたこの法律は、いかなる富あるいは便益も、定められた取締者が我が国の流水、河川、帯水層の純度を守ることを妨害してはならないとうたっています。
・・・しかし各地方政府が命令を出せば水をきれいにできるという意見が生まれました。
環境保護論者は、これでは企業は経済的に見合う方法で流れを規制し低減することができるし、汚染を暗に容認し課税措置によって対応しようというものだと、怒りをこめて拒絶を表明しました。
いったいどうやってきれいな水に値をつけることができるというのか?
・・・企業家たちは賄賂のような形で税金を納めて、なおも浮かれつづけるでしょうから、このような取組み方はうまくいかないでしょう。
議会は全面的な規制を行うことを決めたではないでしょうか。