汚染物質の生産
罪障消滅の儀式を少しでも取引の匂いで汚すまいとのこの熱情から、またすぐに一つの問題が持上がりました。
水の浄化を実施する者だけが、犠牲を背負いこむことになります。
新しい最良のろ過器や集塵器を急いで購入すれば、弁護士やロビイストの許に駆け付けてなおも入会地の汚染をつづける企業に負けてしまうというのです。
・・・しかしこのような回避的な行動をとれば、それは環境保護論者の頭のなかでさらに厳しい法律の施行が必要であることを確認させるだけです。
そうした法律は次々と巧妙な回避策を考えつかせることになるでしょう。
さらに、企業の抵抗によって浄水の仕事はしだいに費用の嵩む事業になり、国家の富をますます大量にむさぼり、その他の社会的目標、たとえば環境問題そのものの規準達成すら危うくしていきました。
そのいい例がサウス・レイク・ターホーの最先端技術を用いた水処理プラントです。
1970年半ばには環境保護庁(EPA)から〈利用しうる最高の技術〉といわれ、いたるところで見本とされた設備です。
しかしこの設備は水中の窒素をアンモニア化して除去し、大気中に噴出させたために、おびただしい沈殿物の焼却中、あるいはろ過器の整備中にガスを放出することになりました。
さらに大量のエネルギーと石灰、みょうばん、活性炭を消費しました。
・・・いずれも他の場所にある工場で生産されますが、それらの工場でも汚染物質を排出しているのです。