汚染物質の生産 2
結局、水は前よりきれいになりましたが、空気は汚染がひどくなりました。
その上非常にコストが高いのです。
産業社会そのものが犯人だとの結論を出す評者も多いのです。
それ自体が産業施設である水処理工場は、この問題の解答というより、むしろ問題そのものの一部なのです。
資本主義についてのこのような懸念がアメリカのオピニオン・リーダーたちの間に広く浸透していきました。
大学、マスコミ、教会、詩人、富豪やその財団、さらには中流あるいは下層階級の間にまで広まっていきました。
ですが社会批評家や道徳予言者およびメディア指導者たちには、資本運用の機会を決め、企業家の舞台を用意するために自分たちが大事な役割を果たしているということがわかっていないのです。
社会のオピニオン・リーダーたちがもし個人の快楽を何ものにも妨げられることなく追求することこそ人生の目標だと処方し・・・
その文献や祈濤書の中で、快楽主義者の規範を称揚したら、資本家たちはこぞってこの大衆のムードに応えるよう努力し、その結果、当然外部への影響、つまり外部不経済が発生するでしょう。
しかし、1970年代にいっせいに環境問題の解決に努力する方向に動いたように、もしも大衆の総意が変れば、企業家はその新しい要求、新しい市場を充足させる方向に動くのです。
しかし、政府というものはその表明している意向とは無関係に、通常、古い価値とそれから利益を得る団体の主な擁護者となるものです。