通信業界における本格的競争の時代 2
ドイツ、フランスの自由化は英国に約10年遅れました。
EU委員会による通信端末市場の開放に関する指令が出たのは88年。
インターネットFAXなどの電気通信サービス市場の開放について指令が出たのは90年になってからでした。
通信自由化では英米日に遅れたものの、EUの市場統合、欧州再興に向け、情報通信が果たす役割の重要性を訴えるリポートが出されるなど、EU委員会は段階的に自由化を進めてきました。
ドイツ、フランスとも国営電気通信事業は通信、放送を兼営する巨大組織であり、従業員の身分は公務員でした。
このため労組は民営化に強く反対し、通信自由化は段階的に進めるしかなかったのです。
98年1月で通信インフラ、基本音声サービスを含めすべての分野で通信自由化を進めるEU指令が出たのは、95年7月でした。
ドイツは郵電分離、ドイツテレコム民営化を着々と進め、96年には株式の公開に踏み切りました。
かつては郵便、貯金、電気通信を一手に握っていた郵電省そのものも、97年いっぱいでその使命を終え、廃止されました。
ドイツ、フランスともテレコムの経営体こそ民営化したものの、分離分割はせず国際競争力を温存しようとしています。